萬翠荘について

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萬翠荘・夜の外観

大正浪漫を今に伝える、日本が誇るフランス風洋館

萬翠荘は、大正11年(1922年)旧松山藩主の子孫にあたる久松定謨(ひさまつさだこと)伯爵が、別邸として建設したものです。
陸軍駐在武官としてフランス生活が長かった定謨伯爵好みの、純フランス風の建物は、当時最高の社交の場として各界名士が集まり、皇族方がご来県の際は、必ず立ち寄られたところであります。また、裕仁親王(後の昭和天皇)の松山訪問に合わせ、完成を急がせたとも伝えられております。
萬翠荘は戦禍を免れ、建築当時の様子をそのまま残す貴重な建築物として、昭和60年(1985年)に愛媛県指定有形文化財となっています。

建築その物も美術品ですが現在は、絵画、掛け軸、伝統芸術品、各種イベント、個展を随時行っています。 同敷地内には愚陀佛庵があり句会が行われております。

萬翠荘のご案内

開館時間 5月~9月[夏季]9:00~18:30 10月~4月[冬季]9:00~18:00
※ただし、イベントにより変更となる場合がございます。
休館日 月曜日(8・9月のみ)
駐車場 完備(約20台)
※なるべく公共交通機関をご利用ください。
※土日・祝日は、歩行者が多く危険なため、館関係車輌・団体者の営業車輌・館利用者(開催者)・身障者・高齢者の車輌以外は車輌通行制限を行っています。
観覧料 通常企画展を開催している場合は、次の観覧料金が必要となりますのでご了承ください。
大人200円、小人100円
※ただし、特別イベントの開催時は別途料金を提示します。
所在地 〒790-0001 愛媛県松山市一番町3-3-7(アクセスマップ
電話番号 089-921-3711
FAX番号 089-921-2400

萬翠荘の貸し館については「貸館のご案内」をご覧ください。


設計者について【設計者:木子 七郎[きご しちろう](明治44年東京帝国大学卒)

久松定謨伯爵は、フランス生活が長かったことからフランスへの熱い思いを抱き続けました。松山城の山麓に建てる別邸はその思いをかたちとしたものです。建築にあたっては当時の新進気鋭で優れた建物を数多く手がけている木子七郎に白羽の矢を立てました。伯爵の思いを十分に受け止めた木子七郎は西欧の建築をつぶさに学ぼうと数ヶ月間ヨーロッパを遍歴し、そのエッセンを吸収しました。そこで、木子七郎は西欧建築でありながら最高のものを造ろうと決意し、デザイン、構造、調度、装飾など全てを第一級品で設えました。そのため、萬翠荘はヨーロッパの人も驚くほどのフランス風の美しい建造物となりました。

木子七郎は代々宮大工の家系に生まれ、東京帝国大学建築科を卒業、日本の主要な建造物300余りを手がけた驚くべき建築家です。例えば、東京放送局愛宕山放送所、東郷侯爵目黒本邸、大阪国技館、そして日本の赤十字病院の大部分を設計しています。夫人が愛媛出身の新田長次郎の娘であったという縁で、愛媛県では愛媛県庁、鍵谷カナ頌功堂など数多くの建物が残されています。

敷地について

この敷地は、松山藩の家老屋敷の跡地であり、夏目漱石が明治28年、松山中学の英語の教師として赴任した折に下宿をしておりました、「愛松邸」のあったところでもあります。
〔現在の敷地面積9,535.05m²(含山林)(2,884坪)〕

建設費について

大正11年に建てられ、約30万円といわれております。
県庁本館が昭和4年に約100万円で建設されましたが、その7~8年前にはるかに小規模の分館に約1/3の30万円を要したということは、いかに巨費であったかご理解いただけると思います。

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